(6)学校巡り《9月―頭の痛い季節》 ~2003年9月の記録 ∬第6話 学校巡り カレカプスからドーウ・ガラージュへ抜け、市民パザールの前を通り過ぎると、ちょうどTOMER(アンカラ大学付属の語学学校)という語学学校の前に差し掛かる。 「私そこで少し聞きたいことがあるの。いい?」 「講座に通うの?」 「ええ、子供たちも学校が始まったし、そろそろ私も通いたいの。ずっと前から通いたくて仕方なかったのに、もう少し後にして、って夫は言うのよ。 でも、これから子供たちが大きくなるに連れて、もっとお金が必要になるでしょ?そうしたら私はいつまで経っても学校なんか・・・」 「通えやしないわよね」 「そうでしょ?」 TOMERのカウンターでトルコ語コースのパンフレットをもらい、新期の開始日を確認した。 「10月1日の開始で、その前にテストがあります」 パンフレットには、ひと月80時間のコース月謝は240ドルと記載されているが、トルコ人の配偶者には割引があるはずだった。 「50%の割引がありますから、120ドルです」 それだけ聞けば十分だ。 まずは夫を説得しないと。120ドルとは、やはり上がっているなあとしんみり。 二人の娘の学費だけでも月に700ミリオン相当になるのに・・・。とりあえず、娘の音楽学校が決まるまで、1ヶ月でも通えたらいいのだが・・・。 ドーウ・ガラージュから住宅街の中を抜け、大通りに出ると、通り沿いのマンションの3階に目指す音楽教室はあった。 背の高い若くて美しい女性が中へ招き入れると、部屋の中には他にも二人若い女性が腰掛けていた。ソファーに深く座ったまま自己紹介もしない無愛想な感じの女性が、ピアノの専任教師だと紹介を受けた。 ここへ来るまでの経緯を簡単に友人が説明すると、背の高い美人は早速月謝の説明を始めた。 「プラティックが1時間35ミリオン、テオリーが1時間15ミリオン。月4時間ずつで合計200ミリオンです」 私は前の教室が大幅に値上げした事情を話し、すかさず値上げの予定を聞いた。 「上がってこの料金ですよ」 友人は、どう?という目付きで私の方を見ていた。 それには答えず、私は教室内の見学を申し出た。 設備は最低限。ピアノが一つきり。その一方で父兄の待合室とキッチンだけは大きく場所をとってあった。 一番奥のバレエの教室まで来ると、声をひそめてピアノ教師に関する質問をした。 どこの大学を出ているのか。国立音楽学校や国立劇場との関わりはあるか。他にピアノ教師はいないのか。 そんな質問が躊躇なく出来るほどのしたたかさを、いつの間にか身に付けていたことに、自分自身驚いたものだが。 先ほどの部屋に戻り、残った質問を続けると、ピアノ教師の女性はソファーにどっかりと座った姿勢のまま、笑顔のひとつも見せずにそれに答えてくれた。 テオリーはもちろんグループレッスンで、1クラス最大10人程度まで扱うこと。現在は1クラス4人程度と少ないこと。プラティックはもちろんマンツーマン。自分はミマール・スィナン大学(イスタンブール)の卒業で、大学で学んだ教授法で教えますと、自信たっぷりに。 お礼を述べ教室を後にすると、友人と私はお互い顔を見合わせて、どう思う?と目で感想を訊ね合った。 彼女はいつもの口癖で、ダメという代わりに「ンンッ!」を繰り返し、気に入らなかったことを表明した。 教室に声が届かないあたりまで十分離れてから、あらためて感想を口にすると、ピアノ教師が人物的に好かない、大きい態度が気に入らないということで意見が一致。 友人が急に足を留め私の腕をつかんだ。何事かと思って足元を見ると、二人とも、教室に入る前に履いた泥防止の靴カバーを脱ぎ忘れ、履いたまま出てきてしまっていたのだった。 これにはさすがに大笑い。それで緊張と不快感が一気に吹き飛んだ。 つづく ∬第7話 休息 |